僕達の願い 第40話


神聖ブリタニア帝国の謁見の間。
普段であれば皇帝にかしずく貴族と皇族が集まっているのだが、今はそれらの者の代わりに厳つい顔をした軍人が忙しく動き回っていた。
数多くの機材が運び込まれ、通信機器といくつものモニターが設置されている。
エリア11との戦争のため、謁見の間から各処へ命令を直接下せるよう作戦本部を設置しているのだ。小競り合い程度なら皇帝は動かないが、今回のような大掛かりな戦争の場合皇帝自ら指揮をとることがあった。
オペレーションテーブルも用意され、そこには帝国最強の騎士、ナイトオブワン・ビスマルクがおり、軍人たちと共にモニターを見ながら何やら話をしていた。

そこに映し出されてるのは日本へと攻め込んだブリタニア軍の情報だった。
間もなくシュナイゼルの軍が日本の防空圏に突入する。
ギネヴィアとカリーヌの軍は若干予定より遅れてはいるが誤差の範囲。知略に長けたシュナイゼルと、好戦的なギネヴィアとカリーヌ。KMFという強力な武力がある以上負けは無い。「面白いおもちゃを見つけたんだ。少し遊んでくるよ」そう言ってふらりと姿を消した兄、V.V.の話では、圧倒的な武力差により1ヵ月と持たず日本は落ちると言う。本来なら武人であるコーネリアも出したかったのだが「万が一の事を考え、ペンドラゴンの警備にあたります」と頑なに拒み、今も皇居を中心に警護をしている。戦争ともなれば何が起こるかは解らない。だから、溺愛しているユーフェミアの傍にいたいと思ったのかもしれない。
コーネリアが出ようと、カリーヌやギネヴィアが出ようと、どの道日本の末路は決定しているから、好きにさせておけばいい。

間もなく日本が手に落ちる。

予定より5年遅れたが、この勢いのまま、遺跡の眠る他の国も攻め落とす。
ゲームが再開した事を知れば、兄は再び姿を現すだろう。

勝ちが保証されている出来レース。
神話の再会を告げる狼煙はまもなく上がる。
今後の予定を頭の中で組み口元に笑みを浮かべた時、画面上の自軍を示す緑の表示が一斉に赤へと変化していった。
表示される文字はLOST。

「・・・何事だ?」

笑みは一瞬で不愉快そうな顔に変わった。
自軍の表示が次々消失していく。
それもあり得ないほどの速さでだ。
それは異様な光景だった。

「機械のエラーか!?」
「敵の妨害工作では!?」
「ええい!各部隊と連絡を取れ!!」
「駄目です!妨害電波が出ているようで、連絡が取れません!」
「何とかしろ!映像を早く映せ!!」

武官や軍師達は一体何が起きたのか、情報を集めるため慌ただしく動き始めた。何だ。何が起こっている、日本で。各部署との遣り取りをする土星が響き渡るが、明確な回答はどこからも得られず、その間にも赤の表示は波紋のように広がり、やがてカリーヌの軍、そしてギネヴィアの軍にも広がり始めた。
機械の異常で無いのなら、それほどの速さで撃墜されていると言う事になる。
日本は秘密裏にKMF以上の強力な兵器を作り出していたというのか?
しばらくしてから、武官の一人が大きな声で話す声に周りの視線が集中した。
どうやら前線部隊から情報がようやく入ったらしい。

「な!?それは本当か!?陛下!!日本軍がナイトメアフレームを所持!それも、目で捉えられないほどの速さで動き、空を自在に飛ぶと!」
「何だと?」
「まさか、そんな。ナイトメアはブリタニア軍が開発した兵器。国外に持ち出されるなどありえん!貸せ!」

ビスマルクは声を荒げながら、通信機へと向かい、前線にいる兵に直接話を聞き始めた。

「映像、出ます!」

ようやく届いた映像には、空を縦横無尽に飛び回る真紅のナイトメアフレームが映し出され、ほんの瞬きほどの間にこちらの機体が次々と撃ち落とされていった。スローモーションでなければ捉えることが出来ない速さで動き回る機体。
これではレース用のバイクに自転車で勝負を挑むような物。
大人が赤子と喧嘩をするようなものだ。
こちらが照準を合わせている間に全てが終わる。
流れるような動きで赤い機体が飛び回り、僅かでもその機体と接した自軍は全てLOSTしていく。赤い表示は広がる一方だった。
KMFのデータが流れただけではここまで性能差が開くとは思えない。
パイロットの熟練度も桁違いと言っていい。
これでは戦術など意味は無さない。
圧倒的な力でひねりつぶされるだけだ。

何だ。
どうしてこうなったのだ。
負けなどありえない戦争だったはずだ。
兄が知る未来は多少の誤差はあれど間違いはなかった。
日本は我が国に土をつけることも出来ずに敗北するはずだった。
・・・儂は負けるわけにはいかない。
嘘の無い世界を、争いの無い世界を創るのだから。

眉を寄せ、険しい表情でモニターを凝視していたシャルルはふと天井を見上げた。
上から何か音がしたような気がしたからだ。
ビスマルクたちにも聞こえたのだろう、皆天井を見上げていた。
その時。
激しい破壊音が辺りに響き渡った。
同時に謁見の間が激しく揺れる。
地震か?いや、違う。
これは人為的な物だ。

「陛下!!!」

シャルルのもとにビスマルクが慌てて駆けつけ、その身を盾にし皇帝を守った。
瓦礫が一面に降り注ぎ、轟音とともに強風が室内を駆け巡る。
それらはすぐに収まり、視線を上げるとそこに天井は無く、視界に入るのは雲ひとつない青空と悠然とこちらを見降ろす漆黒のKMFだった。

グラスゴーの2倍以上あるだろうその機体の背には光を放つ翼が見えた。

空を自在に飛び回る謎のKMF。
これがそうなのか。
金の装飾が施されたその機体は、グラスゴーのような武骨さは無く、まるで騎士の鎧のように洗練されていた。
一目見ただけでもグラスゴーとの性能差は明らかだった。

「陛下、オープンチャンネルで通信が!」

震える声で告げられた声に、意識を戻された。

「・・・開け」

視線をKMFに向けたままシャルルは命じた。
映し出されたのはKMFのコックピット。
副座式で前後に二つ操縦席置かれていた。
その中には4人の人物。
一人は新緑の髪の女性。
KMFの前方にある操縦席に座っていた。
・・・C.C.、裏切っていたか。
皇帝は心の中で苦々しく呟いた。
後部座席には俯いて表情の見えない黒髪の少年、そしてその左右には厳しい表情の飴色の髪の少女と、金髪の青年が立っていた。
三人とも、良く知った人物だ。
何をしておる。そう口にしようとした時、黒髪の少年は顔を上げた。

『お久しぶりです、父上』

それは今まで聞いた事の無い声だった。
低く、力強い覇気に満ちた王者の声音。
11番目の息子は支配者の笑みでこちらを見ていた。

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